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芳沢光雄教授の特別講演

芳沢光雄教授の特別講演

 2007年10月20日に同志社大学寒梅館で「 見方でかわる数学の学び」 というタイトルで講演会が開かれました。この講演会で桜美林大学の芳沢光雄教授の講演が非常に好評だったので、講演の内容を書き起こしてネットで公開することにしました。数学に興味を持つ方に励みになればと 念じています。なお講演内容のアップを快諾し、原稿のチェックをして頂いた 芳沢先生に深い感謝の意を示したいと思います。

2007年10月20日 同志社大学寒梅館 PM4:30~5:30

芳沢光雄教授の講演内容

今日はだいぶ長時間になって、お疲れかと思うので、ちょっと手を振って休めてください。
まず、グーとパーを続けて勢いよく繰り返して出してください。 早くできますね。

この次、グーとチョキを繰り返して出してください。少しスピードが遅くなりますね。
次にチョキとパーを繰り返しやってください。もっと遅くなりませんか。

これから何が言えるか?
チョキを出すのは難しい、という事がわかります。
人間怖いことがあると、「わあっ」と手をグーにします。

チョキはつくるのは難しいのですが、グーはとても簡単です。
例えば、とくに知らない人と何かやるときには、このようにグーの状態になりやすい。

これに関して、昔、学生にデータを取らせました。
取った回数は

725人から 1人10-20回 のべ11567回。  グー4054 チョキ3664 パー3849

(注 以下、黒板に書いたのを緑で表します)        

 やはり、このようになりました。パーは平均的で、チョキは少なく、グーが多いのです。

 つまりじゃんけんでは、パーが基本的に有利なのです。
 例えば7,8人で同時にじゃんけんするときは、
 最初に分かれるのはグーとパーの組が非常に多くなる。
 従って7,8人でじゃんけんするときは、
 黙ってパーをだすのが有利です。

 このデータを取った学生のノートはまだ手元にあります。
 このノートから、人間が同じ手を繰り返す回数も調べました。その結果は

10833回中、2465回

 しか同じ手が続かなかった。

 ここで、サイコロでじゃんけんをすることを考えてみましょう。

1,2はグー 3,4はチョキ 5,6はパー


 正常なサイコロを用いてじゃんけんをすると、同じ手が続く確率は1/3となる。

 しかし上記のデータでは1/4しか同じ手が続かない。

 ということは、人間はじゃんけんのとき違う手を出したがる。
 そこで、グーとグーで、あいこになった場合、相手はチョキかパーを出しやすいということから、
 グーに負ける手を出せば、勝ちかあいこになる確率が高くなる。

 大学入試問題の過去10年間のじゃんけんの問題を、3月まで勤めていた東京理科大学の院生と一緒に調べたところ、
 半分ぐらいの大学は、グー・チョキ・パーを出す確率を1/3と仮定していました。

 残り半分はその仮定を書いてない大学でした。
 その問題の違いは何か、というと、サイコロでじゃんけんをする場合は、単純な確率の問題です。
 確率という考えが確立したのは大体17世紀ぐらいです。

 一方、実際のじゃんけんは人間の意思が働くゲーム理論の世界です。
 ゲーム理論が確立したのは20世紀で、3世紀分の違いがある。
 だからこそ、人間のじゃんけんは面白いのでしょう。

 それを参考にして、 TBSのテレビ番組でじゃんけんをさせる実験を行ったところ、
 私の「こうやれば有利」ということが認められましたが、
 反対の結果が出た方が面白かったかも知れません。


 さて、数学にはいろいろな分野があり、今、話したのは確率・統計の話です。
 次は変化。時間とともに変化することを扱うのは、解析学や微分積分学です。
 その中で1つの話題をお話ししましょう。
 昨年の年末、国会で消費者金融のグレーゾーンの廃止が決まり、
 消費者金融の上限金利は、29.2%から大体10%前後下がりました。
 そのきっかけを作ったのは例の闇金融問題。闇金融の金利は異常な高金利で、

トイチ 10日で一割の複利 10000→11000→12100→ 

 1.1倍ずつになる。

トサ 10日で三割の複利


 で、このくらいが現在の相場だとか。
 たった1円を、闇金融としては"良心的"なトイチで借りると、10年間で1円はどれくらいになるだろうか?
 普通に尋ねると、1万円とか10万円と答える人が多いようですが、実際にはなんと1000兆円以上になる。

1円→10年(トイチ)→? 1000兆円


 なぜこのような金額になるのかというと、その説明には高校数学の対数がでてきます。
 10年は3650日なので1.1の365乗を計算します。

 これをどのように計算するかというと、log(10)1.1が大体0.04139。
 これの356倍なので、その結果は15以上になる。

3650日 (1.1)^365 log(10)1.1=0.04139 0.04139×365=15.


 ということは、ゼロが15個付くくらいの金額になる。それが1000兆円です。


 だから、怖いお兄さんからたった1円を借りて、それを忘れていると、10年後に会うと、
 なんと1000兆円請求されるのです。
 高校数学教科書で指数のグラフは、だいたい原点近くで描いてある。


 // y = 2^x (とそのグラフ)    青
 // y = 2x^2+1(とそのグラフ) 

s

 過去何回かの大学入試で、グラフを描かせる問題を出したところ、大体こういうグラフを描きます。
 これを見るとほとんどの人が、xを大きくしていったときに、y=2x^2+1の方がyの値は大きくなると感じるようです。

 でも、2のx乗(2^x)の方がはるかに怖いのです。
 1.1を365回かけただけでも、1000兆までいっちゃう。
 こういう大きな数を扱うときに対数logは便利です。
 対数は17世紀ごろに考え出されて、大きな数字を扱うのに便利なので、以後、急速に天文学が発展しました。


 今度は代数的な話をしましょう。

 方程式というと多くの中高生は、2つの変数があるときは、2つの式がないと解けないと思っている。
 だけど整数の範囲 整数に関する不定方程式は違います。

 一つの式でも、整数の性質を用いて、答が一意的に定まるものはいくらでもある。

 例として誕生日を当てるクイズをしましょう。

 次の計算を、自分の誕生日の月と日を当てはめて計算してください。
 まず生まれた日を10倍。次に生まれた月を足す。そしてその結果を2倍。最後に月の数を足すといくつになりますか?

 高校生に聞いてみましょう。

 高校生 「546」
 546だと・・2月27日?

 高校生「556」
 556だと・・12月26日?

 今の質問は、
 3倍の月プラス20倍の日を聞いている。
 月は1~12、日は1~31。
 この結果は一意的、ということが3と20が互いに素なので易しく分かります。
 あとは月と日を求める計算をしてやるのです。
 これが代数的な話。


 次は趣を変えて、組合せ的な話である、あみだくじ。


  A~Gから1~7へのあみだくじ


  A,B,C,D,E,F,Gをどこにいかせたいか?ちょっと聞いてみましょう。

A→2、B→4、C→6、D→7、E→1、F→5、G→3


  それでは、、、このように図を描いて、、


  これから横棒をこのように引きます。

  このようにすると、こちらのリクエスト通りにいきます。
  一旦、英字と数字の対応を決めても、横棒の本数は人によって変わる。
  しかし、横棒が奇数か偶数かということは一通りに決まります。
  それが、大学の線形代数学の行列式の定義に出てくる偶置換、奇置換の話になります。


  次は図形的な話です。

  これは、中学生でも理解できます。
  物差し一つで、距離や建物の高さを測りましょう。
  三角形の相似を用いるのです。

人Aから水平な視線の延長上にある岩の上に立つ人Bを定規越しに見る絵


 Aから岩までの距離をx、Bの身長をa、定規越しにみたBの身長をb、Aと定規の距離をcとした場合、
 次の関係式がなりたつ。

b:c=a:x


 多くの学生と実験して平均値を取ってみると、わりとよい数字になる。
 12~17メートルなら1メートル以内の誤差で測れます。

 逆に、建物までの距離が分かると建物の高さが分かります。

 川幅の測定など、いろいろなことに応用できるし、これらも平均を取るとよい数字がでます。

 数学はこのように、身近なところでも役に立つのです。

 少し怖い話ですが、他にもう一つ簡単に紹介しましょう。
 今の国の借金である国債が発散しないための条件で、ドーマーの条件というものがあります。
 借金財政が発散しないためには、高い経済成長率の持続が求められます。
 これは、高校の等比数列の和の話で説明できます。
 このように、数学は生活ほか、いろいろなことに関係して役立っています。

 ところが日本では、
 数学は役に立たない、学校出たら使いものにならない、試験のためだけの勉強、そういったことを多くの人達が信じています。
 特に日本において昔から根強くあるのは、数学は単なる計算技術という意識です。
 昔の京都大学紛争当時に、小針あき宏先生という方がいらっしゃいました。
 今でも著書の「確率・統計入門」(岩波)は、本屋さんに行くと見掛けるでしょう。

 小針先生は、数学に対する誤解をまとめた書「数学七つの迷信」を1970年前後に東京図書から出しています。

 小針先生が一番に上げた迷信は、数学は単なる計算技術、だということです。
 数学は単なる計算技術だから、計算機が発達した現在では、数学は必要ないと考えてしまうこと。これが真に厄介な問題です。
 そして、以下述べるような困った問題を引き起こす主な原因になっています。

 私は、今から12年前から数学の重要性を訴える活動をいろいろやってきました。
 最初の頃に、アメリカの大学における数学科の個数をだいたい調べたところ、2000校中、約1500校にもあった。

 現在、日本の大学の実態はどうかというと、短大を除く大学は、約800校あります。
 1991年に大学の設置基準が変わり、大学を作り易くなったことから、中には予備校と一緒に授業やっているとか、授業はほとんどビデオという大学もあります。

 それ以外にも、不法滞在者の受け入れで入国管理当局にしかられたことから、手のひらを返して、フリーターを学生にして集めようと考えた大学があります。
 フリーターを集めるにはどうしたらいいか?
 アルバイトを単位認定しちゃえばいい。
 それで40単位くらいも認定して、コンビニや居酒屋さんの仕事も全部単位認定し、どんどん入学させて、バイトに励んでいると単位が取得できて卒業できます。
 そのような訳の分からない大学が、次々と出来たのです。
 でも、数学を専門としている学科はむしろ横ばいか下降気味で、60校弱です。
 来年の春には悲しいことですが、上智大学で数学科が無くなります。

 そのようなことは、日本の将来にとって非常に憂慮すべきこと。
 数学を専門に勉強して社会に出て、数学自信の考え方は一歩一歩論理を積み上げていくことで、ITばかりでなく、立場の異なる国々の人達との建設的な論議で効果を発揮します。
 数学の応用は、モデルかを通して現在では、従来の自然系ばかりでなく、直前に講演された村上先生のお話のように、文学研究にも役立ってきています。
 ところがそれを誤解して、数学は役に立たない、あるいは数学は所詮計算だ、という意識が日本には根強くあります。
 そのような誤った認識から日本の大学の多くが運営されているということに対し、非常に残念な思いをしている今日この頃でした。

 そのような残念な思いをしているときに、ちょうど、この同志社大学に数理システム学科が出来ると聞いたのです。
 簡単に数理システム学科が設立された訳ではなく、同志社大学の工学部に在籍されておられる諸先生方が、いろいろご苦労されて、やっとその成果として来年の春に設立されることに至ったのです。

 私は三月まで東京理科大学に勤めていて、四月から桜美林大学のリベラルアーツ学群に移りました。今まで文系中心の大学であったことから、数学の教員は一人もいなくて、そこに何人かの理科や数学の教員を呼んで完成しました。

 だいぶ入試の偏差値は違いますが、そのように、ある意味では少し似ているところがあります。それは、数学を大切にしようという流れが芽生えてきている、ということです。

 それだけに、同志社大学の数理システム学科の設立は、今後の日本の社会を考えたときに非常に意義があると考えます。
 いろいろと一歩一歩しっかり積み重ねて完成するものなので、皆様と一緒に大いに期待しましょう。

 ここにいる高校生の皆様には是非、数理システム学科にチャレンジしてもらいたいです。

 数学に関心はあるけれど勉強は苦手だという方は、私のところだったら?と思います(爆笑)

とりあえずは、目指せ同志社数理システム学科という気持ちで、高校生の皆様には夢をもって前向きに勉強していただい。

 そこで、数学を勉強していくことを考えましょう。
 まず、数学ではつまずくということが皆様よくありますね。
 勉強方法での間違え。これは取り返しのつかない大きなつまずきに発展し兼ねない。
 最近の間違いの底流には、これも小針先生の数学の7つの迷信に関連しますが、数学は既に答えがあるものを、やり方をまねして解くこと、という誤解があります。

 すなわち、やり方をまねして解くというのが数学だと。
 だから、やり方だけを全部覚えちゃえ。
 そこで、数学はやり方の暗記科目だと。
 やり方を全部覚えてしまえば数学は終わりだと。

「数学は暗記だ!」と無責任なことをいっている本まで一部にある。

 これらのお陰で現実はどうなっているかというと、来週くらいに各新聞で一斉に紹介されますが、
 全国の小中学校での大規模な統一試験の結果に現れます。
 その試験において、Aというのは基本的な問題、Bは応用的な問題。
 Bになるとガクっと下がる。
 Bの問題は、OECDが行っている世界的な試験であるPISAと少し似ています。
 だからこそ、残念ながらPISAの試験結果も日本はまだ下がるように予想します。
 Bがガクっと下がる理由はなんですか、と二つの新聞社から電話がかかってきました。
 私の回答は以下の通りです。

 生徒はパターンしたやり方だけ覚えている。
 最近は、やり方が自分の頭にある解答の範疇に入っていたら、その通りにやる。
 入っていない場合は、さっさと諦めちゃう。要するに、自分自身で考えようとしない。
 それが、数学の学習に対する大きな誤解だと、新聞社の人には話したのですが。
 多分、そういうことは中々記事になるとは思えません。

 私自身、インドの数学教育に関してもマスコミからいろいろな取材が来ましたが、
 インドの教育で一番大切なことは、証明教育、すなわち論証の徹底です。
 例えばIIT、インディアン・インスティテュート・オブ・テクノロジーという大学は、
 IT分野ではMITとかスタンフォードと互角に評価されている。
 その大学の入試問題は、ほとんど証明問題。
 実際、その証明や論述重視の姿勢は小学校まで徹底しています。

 先ほど、闇金融のところで出した対数は、インドでは日本の中学3年生相当の学年で全員が学習している。
 そのようなことは一生懸命マスコミに伝えるのに、テレビでは絶対に放送しない。
 放送するのは、取材の最後に雑談程度で話す2桁の掛け算のことばかり。
 私は彼らに、こういう話を最後にしました。

62×68=4216


 62×68、これは4216。これはどうして出たかというと、
 42というのは6X(6+1)から出しています。
 16は2×8から出しています。
 この方法は昔、私が中学生の頃の数学問題集にも文字計算の応用として出ていた。
 掛け算などで何か面白い話はないですか、とテレビレポーターから尋ねられたので、
 私はリップサービスのつもりで喋ったことです。
 ところが、これがインド数学だ、と本の帯にもなって出回っているのです。

 私は大体、一月に一回くらい、出前授業や教員研修会の講演に行っていますが、
 今年の夏、広島県の私立の教員研修会に行って、その話をしました。
 すると、広島県の正義感のある女性の数学の先生が、先生、それはちょっとおかしいんじゃないですか?と。
 いや、私にもそれには責任がありますが。
 掛け算を早くやる方法でもないかと聞かれて、つい喋っちゃいました。
 まさか、それが本の帯にもなるとは思ってもみなかったです。(爆笑)
 マスコミ、とくにテレビはいつもそうなんです。
 相当大きな誤解に尾ひれが付いてしまいました。

 ここで、話を元に戻しましょう。
 応用的な考える問題が弱い、ということです。
 やり方を暗記するのが数学じゃない、と再度、訴えます。

 算数数学のつまずきに関して私は、ここ数年間、現場の先生に話を聞いたりしながら、
 小学校から大学まで通していろいろ研究してきました。
 それに関しては、皆様にいろいろお伝えしいたいことがあります。
 しかしながら、講演の残り時間も限られていることから、これだけは話しておきたい、
 ということをいくつかお話ししましょう。
 恐らく心のどこかに留めておくと、これから数学を学習していく上で、多少プラスになるのではないかと考えます。

 まず、イコールを大切に書くこと。
 イコールを最近乱暴に書く人が実に多くいます。
 小学校教員の研修に行って、いろいろな先生から話を聞くと、こんな話を聞くことがありました。

2+3+4+7 ~足し算があって


 こういう風にイコールを書かない。

 こういうふうに、=を全く書かないで板書をする先生が意外と多い。
 これでは、子供たちは=を粗末にする。
 実は、これは小学校の問題だけじゃない。

 昨年、東京周辺のある私立の中学校が、オープンするときに、こういうことを書いたのです。

6>3+3


 これが、大新聞の関東地方版の1ページに、この式だけボンと書いてあった。
 これは、なんだと。
 大新聞の1ページをとるのは、一千数百万円はかかるでしょう。
 そのうちの面積でいうと、この式だけで、恐らく1千万円です。
 これは、なんだと。
 ちょっとおかしいのではないか、と言って電話しました。

 すると、ゲシュタルト心理学から、
 何かと何かの力を合わせると単純なプラスより多い。
 だから、私たちは中高一貫教育を目指すと。
 中高一貫だから、6年は3年と3年の和より多くていいんだと。

 私は、それは違う、とんでもない、と考えました。

 夫婦それぞれが3の力で、夫婦で協力すると、それらの和に、さらにプラスαが付くでしょう。

3+3+α>3+3


 プラスαがつくから、左辺は右辺より多くなる。
 もっとも、αがマイナスになっちゃう家も昨今多いかも知れませんが。(爆笑)
 そのαが抜けているんです。
 =を粗末にすることを、学校までもが既にやっていることは残念でなりません。

 最近は、さらに恐ろしいことに、=や+、-、×、÷、あるいは数字などが、
 ゴチャゴチャに書いてある奇妙が問題集まである。
 イコール=を、はっきり言って、冒涜しているのです。
 私が東京理科大に勤めていたときには、イコールの用法に関して、とんでもない答案を見た瞬間に
 ペンでピッっと×を付けていました。
 左辺が人の名前とかxで、右辺が行列だとか、理解に苦しむものを少なからず見ました。

 ある学生は、こういうことも書いていました。


 これがcとは、全く理解できません。
 この学生を呼んで聞いてみました。
 自分はこの部分の数字(右辺のcを指して)を、こっちの部分(左辺のc)へもっていくという意味で書いたと。
 そういう無茶なことを、平気で言う学生さんがいることは困ります。
 本当に、イコールを乱用しちゃうと大変なことになる。
 乱用ではなくて、イコールに関しては誤解もあります。
 いくつかの点を指摘しましょう。

 高校生の微分積分の最初に、極限をやりますね。
 先ほど、亀を追っかける話が出ましたけど、あそこに例えれば、


1+1/2+1/4+1/8+・・・=2


 1プラス2分の1プラス4分の1プラス8分の1プラス・・・
 こうやって行きますね。
 これを2と書きます。
 このイコール。これはですね、限りなく近づいていく先の、目標としているところの数字なんです。
 だからこれも厳格なイコール。

 ところが、多くの高校生と喋っていると、上のイコールは、1+1=2のイコールとは違うと。

1+1=2


 上のイコールは、限りなく近づくから、ええ、まぁいいや、いっちゃえというイコールだと。
 下の方は厳格なイコールだと。
 そういう勘違いをしていることがしばしば見受けられます。

 で、さらにもっと驚かされるのはベクトル。

→ →


 このベクトルに関して、本当は違うんだけど、まっいいか、イコールで結んじゃえ、と考える生徒が多くいます。
 ベクトルというのは向きと長さしか考えないから、向きと長さが等しかったら、これは厳格にイコールなのです。

 このイコールに関する用法というのは、数学の命だと思ってください。
 もちろん、近似計算するときのイコールは、この近似値を表すイコールをその都度使うことはないと思いますよ。


 実際、物理量とかデータ扱うときに、
 そんなに神経質にならなくて、=を堂々と使ってもいいと思います。
 インドの数学教科書には、そのような説明もあるほどです。

 次は"すべて"と"ある"。

「すべて」「ある」


 高校生の皆様にはあまり難しいことは話したくありませんが、
 大学に入ると、理工系では線形代数学と微分積分学を習います。
 線形代数学とは、高校でいうところの、二行二列の行列や連立一次方程式を一般化したものと思って下さい。
 線形代数学で初めにつまずくのは一次独立・一次従属。
 それらを学習するときには、「すべて」と「ある」が本質的に出てくる。
 大学の微分積分学は、高校で習ったそれをもう少し厳密にしたものです。
 その微分積分学の最初には、イプシロン・デルタ論法というものがあって、
 そこでも本質的に「すべて」と「ある」という言葉が出てくる。
 微分積分学のイプシロン・デルタ論法をもう少し一般化したもので、
 位相数学のコンパクトというものを学生に教えたことがあります。
 それについて、試験で点数が取れる・取れない学生をいろいろと調べました。
 その結果、コンパクト性の理解と、「すべて」と「ある」の言葉遣いが、強い相関関係があることに気付きました。

 それらについては、教育系の雑誌にも発表しましたが、「すべて」と「ある」が分かっていれば、
 一次独立・一次従属、イプシロン・デルタ論法、コンパクトも易しく分かります。

 その問題が、中学・高校ではどんなところにあるのか、ということを話しましょう。
 2x+3x-2+1=5x-1となりますね?

2x+3x-2+1=5x-1


 これはすべてのxに対して成り立つ恒等式です。
 今度は2x-2=3x+1。
 これは、あるxに対して成り立つ方程式です。

2x-2=3x+1


 それら二つを混乱する生徒が、すごく多くいます。
 これも、「すべて」と「ある」の問題なんです。

 小学生にも、その問題があります。
 私は、小学校から高校までいろんな出前授業をやっています。
 私は400人くらいの生徒が在籍している小学校で、鳩ノ巣原理の面白い応用の話をしようと思って、
 最初にそのトレーニングのつもりで、次のように話しました。
 この小学校の全生徒は400人くらいで、一年は365日ですね。
 だから、ある二人の生徒は必ず同じ誕生日ですね。

 すると何人かの生徒から、じゃぁ先生、ボクと誰が誕生日いっしょなの?
 との質問。そこで私は、
 いや、ボクとじゃなくて誰かと誰かなんだよ。
 ここが分かってもらえると、次の話にいけるんだけどな~
 と言ったのですが、中々分かってもらえませんでした。

 実は、本日の講演の前半で扱った、活きた応用例の話は、光文社新書の拙著「数学的ひらめき」に書いたものが中心で、
 後半のつまずきの話は、講談社現代新書の拙著「算数・数学が得意になる本」に書いたものが中心です。
 その現代新書の本に、私は、正方形も台形であるという文章も書いていました。

 すると、講談社にいくつか文句の連絡が来たのです。
 正方形は台形ではない、と書いてある印刷物もあるのに、と。
 芳沢先生に訂正させてください、と。
 ひもとくと、ある一組の辺が平行な四角形は台形ということ。
 ただ、それだけのことなのです。
 そこが、誤解している要点です。
 そのように、「すべて」と「ある」の用法は、とても根が深い問題なんです。
 実際、有名私立中学の算数の入試問題でも、選挙で当選するための条件の問題で、
 どんな選挙結果でも当選するのか、あるいは当選することがあり得るのか、そういうところが
 判別つかない入試問題がありました。


 最後に話したいことは「3」。

「3」


 なぜ3なのかというと、いろいろ問題があります。
 小学校の算数から大学まで、3に関して話したいことは山ほどあります。

 まず小学校の算数では、3桁掛ける3けたの掛け算。
 これは、今の算数教科書では抜けています。

3桁×3桁


 私は、2000年5月5日の朝日新聞の論壇にも書きましたけど、2桁かける2桁では不十分で、
3桁かける3桁の計算を学ばなかったら、縦書き掛け算はマスターできないと。
 その根拠は、例えば723かける809ですね。

723×809


 このように、間に0があるものは、2桁かける2桁が出来ただけでは理解するのは難しい。
 現在の学習指導要領が導入される頃、2桁かける2桁が出来れば、3桁かける3桁も出来る!
と、いろいろなところからこういう話が出ていました。
 朝日新聞の論壇では、それにNOと言った訳です。
 そのとき、芳沢はおかしなことを言っている奴だと、一部からは、相当手厳しく言われました。
 ところが昨年7月、文科省は大規模な学力調査結果として、次のことを発表しました。
 2桁かける2桁の問題の正解率は82%なのに、2桁かける3桁になると正解率は51%に下がるのです。

2桁×2桁 82%

2桁×3桁 51%


 やっぱり縦書きの掛け算では、3桁が分からないとだめだと皆が納得しました。
 次に小学校の算数で、昨今、奇妙なものが流行っています。
 2×3とか2+3のような2項だけの計算を、数式も書かずに結果だけを表の中に殴り書きで書いていると頭がよくなると、一部で宣伝しています。

2×3 2+3


 実際、それを信じて、そういうことばかりやってる生徒がたくさんいる。
 それに関して私は、3項での計算もたくさんしないとダメだ、そういうことを、ずっと言ってきました。
 去年7月に文科省が発表した結果で、

 3+2×4


 これができない4年生が26%、
 できない6年生は、逆に増えて42%。
 そのように、基礎的な計算も、2項を超えると分からなくなっちゃうのです。
 3項での計算練習もやらなければダメ、ということがやっと認識されてきました。
 3に関しては、高校でもいろいろな話があります。
 高校では、まず積分。
 積分に関しては、高校の数IIでは2次まで。

積分2次
 (1/6)(β-α)^3


 放物線と直線で囲まれた部分の面積で、こういう式があって、
 グラフが分からなくても答えが出てしまう。
 ところが、これが3次になってくると、3次関数はいろんなグラフになるので、面積を求める問題では、ある程度のグラフが分からないと困ります。
 そういう意味で、3次になるとだいぶ違うのです。
 実際、京都大学の入学試験では、現在は、数IIの範囲でも、昭和50年代のように、
 一般のn次式での多項式の積分も対象にします、とはっきり言っています。

 他にも3に関しての問題は、高校数学であります。
 数学的帰納法を使って証明しなさい、という問題。
 n=1とき成り立つ、n=kのとき成り立つならばn=k+1のときも成り立つ。

 大体こういうふうに書く訳です。
 でも、数学的帰納法を使って説明できるかどうかが分かっていない問題、あるいは漸化式が一般的に成り立つかどうか分かっていない場合もそうですが、そういうものは、1だけ確かめて、あと一般的な成立を示すっていうことは、普通は出来ないことです。
 成り立つ、と示されているから出来るのです。

 そもそも、普通の現象を自分で認識するときは、そのようには出来ないです。
 例えばドミノ現象。
 ドミノ現象は、3つくらいのパイが倒れてくると、ああ、そういうものかと。
 例えばティッシュペーパーの仕組み。

ティッシュペーパーの図


 これも、3枚くらい取ってくると、1枚とって次の1枚、その1枚取ってまた次の1枚と、繋がってくると分かる訳です。

 そのように、物事は1,2,3くらいまで確かめることによって、一般的に成り立つことが、ある程度想像つくのです。
 それが、いきなり1だけ確かめて、その先も成り立つと決め込んでやっていると、実際に何かを調べて説明しようとするとき、ものすごく弱い面が露呈するのです。

 だから私は、いろいろと漸化式などを学習するときには、いきなり一般形を求めるのではなく、1,2,3ぐらいでやってから、その先も試したらどうかと、そのように強く訴えたいです。

 行列でも、日本の高校の教科書では2行2列です。
 インドの高校の教科書を見ると、基本的に3行3列です。
 3行3列だと、空間図形を相手にしています。2行2列は平面です。
 だからこそ、3行3列の行列までいくと、いろいろな状況が分かってきます。

 今まで話したように、3はバカにしないで大切にしてほしい。
 これは私の気持ちです。
 今の世の中は、二極化といって別の面から2が問題になっています。
 しかし、最初に話したじゃんけんは勝ち負けの無い3すくみ。
 3になると物事は、面白いことがいえたり分かったりするのです。

 本日、お集まり下さった皆様。
 素晴らしい数学系の学科を同志社大学に創ろうということで、立派な先生方に集まっていただいて、来年の4月に数理システム学科がスターとします。
 ここに、心からお祝いしたいと思います。
 皆様と一緒に、同志社大学数理システム学科を盛り上げていきましょう。

 では、これでもって私の話は終わります。(拍手)