数学の神秘シリーズ

カオス・フラクタルと芸術、そして安定とカオス

カオスとは明確な式から発生する予測しがたい不規則な振る舞いを意味する。フラクタルは、ロシアの玩具「マトリョーシカ」のような入れ子構造をもった集合である。カオス・フラクタルは複雑系を特徴付ける特性であるが、芸術とも深く関わりがある。 1961年、上田睆亮氏(当時京大院生)は、2階常微分方程式に対しアナログ・コンピュータと手計算の手法を駆使し、ジャパニーズ・アトラクタ(上田アトラクタ)といわれるカオスを世界で初めて発見した。ファン・デル・ポールの方程式やダッフィング方程式は、電気工学の分野で古くから解析されており、現在も安定性解析の研究がすすんでいる。(図1)は、2階非線形常微分方程式ダッフィング方程式のエクセル(ソフト)によるグラフである。縦軸は、上下を入れ替えた。この(図1)と、葛飾北斎の冨嶽三十六景「神奈川沖波裏」(図2)と見比べていただきたい。

図1 上田アトラクタ(カオス) 図2 冨嶽三十六景「神奈川沖波裏」 (カオスとフラクタル)

マンデルブロは「フラクタル幾何学」(1985年)の中で、「神奈川沖浪裏」を例にあげて、「芸術作品はフラクタルへのいざないを示す」と述べている。他に啓蒙聖書の図とダ・ヴィンチの「大洪水」をあげている。マンデルブロはその書で次のように述べている。

“私は非常に不規則で、しかも断片的な幾何学的図形をとりまとめ、それらを表現するために『フラクタル』(fractal)という言葉をつくった。”

渡邊泰治氏(「黄金比の謎」2007年)の文章を掲載します。その中で“数学における美的感覚を通して、「もののかたち」を議論し、なぜ黄金比は人びとを魅了しつづけるのか、その謎に迫ることを試みてきた。 (図3、4参照)                 

図3:柳亮氏(「続黄金分割」1977年) による作図の紹介。同氏によれば曲線はベルヌーイ螺旋(らせん)である。 図4:比 (黄金比)の長方形に内接するベルヌーイ螺旋

カオスを発生せしめる式は、パラメータを変えるだけで安定な状態にもなる。 レオン・ワルラス(仏、1834-1910)は、すべての個人が価格を所与とみなすような交換経済に関心があり、相対価格に関して予算制約式

の下でミクロ交換経済理論を展開した。第k番の財(商品)の相対価格xk、需要量Dk、供給量Sk とする。その後、ワルラス経済理論は、パレート、森嶋、(以下ノーベル経済学賞)アロー、ドブリュー、サミュエルソンらの寄与によって発展した。森嶋通夫は、「動学的経済理論」(1977年)の中で、次の2財の相対価格調整差分方程式に関する数値シミュレーションの結果を種々考察した。

 

時刻における2財の相対価格はx(n) とy(n) = 1? x(n) ;a> 0 とb>0はパラメータ;maxは価格が非負であることを意味する;E1とE2は x, y の超過需要関数といい、需要Dと供給Sの差D?Sにより決まる。上記の森嶋の例では、x(y=1?x)が増加すると超過需要量E1は減少(増加)するモデルである。また予算制約式 xE1 + yE2 = 0が成り立つ。
森嶋は式(M)においてa = 0.6として0 < b < 2を変化させ、次の差分方程式よりx(n) の反復計算した:

初期値0≦ x0 <1は任意にとり、0 ≦ n ≦ 30,000のうち25,000 ≦ n ≦ 30,000 を図示すると図5を得る

図5:横軸 0 < b < 2 に対し縦軸は相対価格x(n)を示す。b<0.5では一定x(n) = 5/8で安定、0.5 < b < 0.75ではx(n) は2周期点が現れる。その後bが増加すると4周期点、8周期点、4周期点が順に現れる。

森嶋はシミュレーション結果より、a = 0.6 のときはどんな初期値x 0 から出発しても軌道 { xn : 25,000 ≦ n ≦ 30,000 }は最終的に安定であると予想した。実際、リアプノフの方法を用いて大域的最終一様漸近安定性が証明できる。 また森嶋は、式 (M)においてaを少し変えてa = 0.5 とし 0 < b < 2 のシミュレーション結果を得た(図6)。

図6:bが0.4ぐらいまで、1周期点(不動点)だけである。bが 約0.4?0.5ぐらいは2周期点が現れる。bが約0.5から増加すると、4周期点、8周期点が出現する。その後bが増えると、点が密集した部分が出る。これは25,000 ≦ n ≦ 30,000において、x(n)は様々な値になることを意味する。x(n)は予想しがたい挙動すると考えられる。

森嶋はa = 0.5 におけるx(n)の予想困難な挙動は、カオスが発生していると考えた。実際、式(M)において特殊な a = 0.5, b = 0.75 の場合、リー・ヨークの定理(1975年)を用いるとカオスの発生が証明できる。 カオス最初発見には日本人が関わり、そのカオスは浮世絵もフラクタル、黄金比も関係することを述べた。また森嶋の価格調整差分方程式においてパラメータを変えることにより安定挙動とカオスが生ずる。数学の純粋な原理と自然現象や社会科学現象は深く関わると考えられる。同志社大学理工学部数理システム学科(2008年設置)では、数学と森羅万象との関係に興味を持って多いに学ぶ学生諸君を待っています。